氷河期世代の非正規社員がマンション一括購入できたまでの道のり

GW10連休ヒマを持て余し気味なので、ちょっと自分の記録っぽいものを書いてみました。

高校 ~交換でわらしべ長者時代~


定時制に通っていたものの、当時は就職氷河期真っ只中で、一応バイトにも10数社面接に行ったものの、見た目がいかにも子供っぽい上に、大学生も沢山来ていたので一度も受からず。

1度だけ受かったのが自宅でできる内職(パンフの訂正シール貼りなど色々)だったけど、1ヶ月目の給料を貰える直前で会社の経営者が夜逃げしたようでタダ働き。
その後若い従業員2人が事業を続けたようで、不定期ながら2ヶ月続き給料は貰えたが、そのうちやってこなくなり自然終了した。

仕事の経験は無かったものの、別室登校で馴染めなかった中学時代と違って、ある意味進級は自己責任、だけど好き勝手色々な生徒がいた定時制で真面目の殻を破れたのは良かったかな。(授業をフケるなんて大それたことも堂々とできるように)

この頃、新しいものには手を出したがる父が、自宅にWindows95パソコンとインターネットを導入してくれたので、ほぼ自分一人で触ることができた。
当時はまだピーヒョローのダイヤルアップ接続で、1ヶ月に接続できる時間が限られていたので、すばやくサイトページを読み込んで、オフラインにしてから読むといった使い方をしてた。


使い始めて2年ぐらいで、現在の転売ルーツに繋がる、物々交換でのわらしべ長者的なことをネットでしていた。
当時はヤフオクも無く、個人が作ったサイトの掲示板に書き込んで、直メールで取引していた。
(ビックリマンなら聖魔塔というサイトが人気だった記憶)

当時はオークファン(落ち札されました)も無く、物の相場が個人の想い入れによって違うことも多々あったので、第一パンのポケモンシールを集めている人が、旧ビックリマンシールを交換してくれることもあった。
(一番凄かったのは、レアな最終弾近辺のシールを大量に交換してくれた人がいた)
金銭売買はしなかったけど、異種交換でゲームソフトを手に入れたりしていた。


今現在も転売では失敗(損切り)経験は殆どない私ですが、唯一の汚点が今でも忘れもしない、ハンドルネールTAKUMAから届いた「パソコンでファミコンなど数百タイトルを無料で遊べるエミュレータと交換しませんか」メール。

今でこそ、ちょっとアングラネタに興味があるゲーム好きなら、エミュレーターのROM(レトロ系)なら簡単にDLできることは知ってるけど、当時はコピーゲームすら知らずゲーム機でソフトを遊ぶ純粋な子供だったので、これを見たとき、この人は神かと思い相手のいいなりになってしまった。
(その後もスーパーファミコンROMやら、ドリキャスのコピーディスクを遊べる起動ツールセットみたいなものを小出しに提供してくる上手さ)
提供したシールはアイス版愛然かぐやなど、ヘッドシールを多数放出して、たぶん今の価値で10万円前後はありそう。


その他では、小学生の頃からやっていた競馬に一番夢中になっていたのも高校時代。
両親は何も言わず、お小遣いの範囲で馬券も買ってくれたし、自分で言うのも何だけど当時から自制判断はしっかりした子供だったので、好きなようにやらせてくれたことに本当感謝。おかげで勝負事にも強くなれた。

ちょっと失敗もあったけど、今に繋がる経験が豊富にできた高校時代だったように思います。


冴えない20代 ~株を始めるも自堕落な時代~


2000年高卒と一番キツイ氷河期タイミングだったため、1年間は何もせず お婆ちゃんと日中生活する日々(まる子と友蔵みたいな感じ)
高校時代面接に落とされまくって働く意欲が無かったけど、サークルKのバイトに受かり初めて仕事をする。

仕事も慣れた2ヶ月後に運良く関西の超有名ゲーム会社のテスターバイトに受かる。
学歴も無いので、今現在も非正規としてそこで働いている。(当時に比べると職場環境だけは相当ホワイトになった)


仕事を初めて3年ぐらいたった時、少年マガジンに連載していた「MIQ」を見て、株に興味を持ち口座開設する。
当時はネット証券の囲い込みキャンペーンが豊富だった時代で、口座開設するだけで1万円ぐらい貰えたので、FX業者含め色々キャッシュバック目当てで開設した。

初めて買った銘柄はハドソン
所詮安易なチャートネタ漫画を真似て、知ってるゲーム会社を見つけただけで、株の勉強は全くしていなかったので、毎日ジリ下げで、2ヶ月後ぐらいに1銘柄目で記念すべきストップ安経験をして損切り。


2銘柄目は思い出深いゼファーというその後倒産した不動産会社。
この銘柄も、買える金額だったことと、ちょっと覚えたPERが低いから良いという理由だけで購入。(当時は業種ごとの平均PERも知らない)

丁度いざなみ景気が踊り場から上昇し始めた頃で初めて利益が出た。
この時は、階段型のキレイな上昇チャートを描く銘柄が多く、ゼファーやラウンドワンなどチャート売買の真似事をして、最終的にはトータル60万円ぐらいの利益が出て、自分は株の天才と、初心者がよくビギナーズラックを勘違いして有頂天になるのと一緒だった。


で、2006年のライブドアショックで、お昼休みの特売り気配でボードに何も表示されていない状況を見て初めて相場の怖さを知ることに・・・

これ以降はリーマンショックまで転げ落ちる一方。
株の勉強は殆せず、ゲームばかりしていて、いつか上がるのお祈り投資→やばくなって損切り→違う銘柄買うの繰り返し。
ダヴィンチ、アーバンコーポ、パシフィック、インデックス、プリヴェ企業再生、スパークス、そしてゼファーなどなど、
今思えばサブプライムでヤバイ中、なんで不動産や金融業ばかり買っていてアホの極み。
この時もPER・PBRが低けりゃ良いというだけのおバカ知識だけだったので負けて当たり前。
でも、倒産前には運良く逃げている強運だけはあった。
そして一旦退場するまでにトータルで恐らく300万円弱は損していたと思う。

ただ、実家暮らしということと、本当にこれ以上は危ないボーダーラインを引いて自制はそれなりにできていたので、取り返しが付かない状態にはならなかったけど、何も残せず仕事も面白く無くやりがいも無いといった冴えない20代だった。


iPhoneで変われた30代 ~ブログ運営時代~


ゲームしか興味が無かった私に大きく変わるキッカケを作ったのがiPodTouchとiPhone3GS。(2010年頃なので20代後半)
それまではガラケーで株取引をするぐらいで、iモードすらロクに使わなかったけど、初めてスマホを手にした時、無料でゲームやニュースアプリが手に入り、産経新聞まで無料紙面が見れることに感動して、一気に家庭用ゲームは一切しなくなり、スマホ一辺倒になりました。

人生でここまで気に入ったのは初めてですが、当時はスマホゲームを紹介しているサイトは殆ど無く、有名なiPhoneAC」「APPBANKぐらい(後にゲームキャストも出てきた)で、ツール系紹介も無かった。

それならば自分がメモがてら書いてみようという気になり、2009年頃スマホアプリのハウツー記事をメインにした「iPhone大好き」を開設。
3日坊主で終わることも無く、その後「i-FunBox使い方記事」など競合サイトがいないことで、個別アプリの使い方記事が検索1番目に来ることも多々あり、アクセスは伸びていった。

その後はゲームキャストさんの企画に参加したり、Androidも扱うようになり「AppRoid大好き」にサイト名変更後、「パズドラバックアップ記事」が大ヒットしピーク。(一時的だったが1日の時給と遜色ない広告収入があった時期)
その後は、MNP記事やリワード広告記事などお小遣い稼ぎ内容になっていき、現在の「お得生活大辞典」でキャッシュレス施策による転売情報記事メインになっている。
私の良い所は、ジャンルを特化せずその時の状況に合わせジャンルも変えてきてブログが続けられているので、今後も突然内容が変わることがあるかもしれません。


株で変われた30代 ~ミクシィで一変時代


話は最初に戻って、スマホとブログで夢中になれるやりがいを見つけた後に、今まで持っていた漫画やゲームソフトは軒並み処分して手にした軍資金でまた株を始めました。
この時は流石に反省して、ダイヤモンドZAIなどの株情報誌や書籍で決算書の味方もちゃんと勉強した。

出戻り本命勝負1銘柄目はスターティア
丁度その頃、Amazonが電子書籍参入間近という報道がされていて、近い将来紙から電子書籍の時代が来ると見て購入した。(本命のイーブックでは無くちょっと外した銘柄を選ぶのが私の特徴でもある)
結果としては紆余曲折あったけど、最終的には数十万円の利益が出た。


本命勝負2銘柄目は転機となるサイバーエージェント
当時はグリー・DeNAの2強で、遅れをとるまいとスマホ事業に集中投資した社長の意気込みに心酔して、将来はCAがトップに立つと思って、最初で最後の資金以上の枚数を信用買い勝負した。
この時、アベノミクスが始まり、建築や機械などの業種が上がってIT系は出遅れ、サイバーも当時分割前15万円前後をウロウロしていて反応しなかったが13年後半から一気に上昇し、信用1点買いの勝負が功を奏し400万円近い利益を手にすることができた。


そして勢いそのままに人生の転機となった大勝負3銘柄目のミクシィ
ブログ交流があったので、パズドラのヒットは早い段階から目をつけれていたが、ガンホーがあれほど暴騰するとは予想できず買えなかった。
その経験を活かし、モンストではセルラン10位ぐらいの時から、これはスマホにピッタリ合うゲーム性でパズドラを超えると確信し、CAで得た利益を全投入して現物1点買いした。
この時は購入してすぐ上昇が始まり、実際に遊んでイベントとセルラン予想がバッチリ的中し、1位となった頃には最大で4バガーとなっていた。
天井では売れなかったが、それでも1銘柄で1500万円近い利益を手にした。

その直後、3Dプリンターネタで購入したソディックもアッサリ暴騰して、難なく200万円近い利益となり、何もかもがうまくいく数ヶ月だった。

しかし、幸運はここまでで、また有頂天になりすぎた結果、投資が雑になりデイトレの真似事で100万円近い損切りを出しり、妖怪ウォッチブームを予想したはずが、天井掴みで損切りしたバンナムなど、14年後半から16年まで300万円近い損失を出した。


その間将来について色々考えて、2000万円ぐらいのマンションを一括購入し、なおかつ1000万円の現金が残れば、非正規の仕事を続けても親に頼らずやっていけると思い、それを目標に株とブログをやっていくことにしました。

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この目標ができてからは、株は極端なリスクは取らず手堅く投資できるようになりました。

そして2018年夏に運命のマンションを購入することができ、購入後1000万円の現金を残すという目標もほぼ達成できそうな感じとなりました。


子供時代の経験が今に繋がった


振り返ってみましたが結局の所、株については紙一重で本当に運が良かっただけで、氷河期の非正規が資産を手にするには普通の勝負では絶対無理で、やはりどこかで一度バカになって一か八かの全力勝負をして勝たないと人生を変えることはできないと思います。
私の場合は実家暮らしというボーダーラインがあったので勝負ができましたが、もし賃貸で一人暮らしをしていたら絶対抜け出せていなかったです。

あとは子供時代に色々とやってきた経験が今に繋がったように感じます。
有名な投資家の「かぶ1000」さん、「cis」さんなんかも、学生時代は転売やら競馬やらパチンコを熱心にしていたと書籍や雑誌で書かれていたので、表面上は大人しくて真面目ながら、その裏では社会ルール上ではグレーなことをやってたことが実戦経験として役だったのかもしれません。


40代になったら金儲けは少し落ち着いて、長年の持病である過敏性大腸症を治すべく、少しづつ遠出して初めての場所に外出しても緊張してお腹が痛くならないような体質にしたいです^^;

[ 2019/05/03 22:39 ] 一人暮らし | TB(0) | CM(1)

まさに芸は身を助く
[ 2019/05/05 20:20 ] [ 編集 ]

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